2014年12月11日

天安門事件 共産党政府の残虐性を象徴する事件!

天安門事件

1989年6月4日に中国北京市にある天安門広場において、一党独裁の体制を敷く共産党政府に対して、学生を中心に民主化を訴える市民が集結した。すると政府は人民解放軍を派兵し、武力をもって弾圧。

多くのデモ参加者が銃弾で撃たれたり、戦車に轢き殺されることになった。

犠牲者の数は政府の公式発表では319人とされているが、本当は数万人に及んでいるのではないかという分析もされている。






今年は事件から25周年だったため、日本各地でも集会が行われ、日本においても中国共産党を批判する声が高まっている。

当然その声はインターネット上でも溢れている。

ツイッターではチベットやウイグルにおける侵略や弾圧と共に、政府の残虐性を示す省庁として天安門事件を紹介し、「アジアの安寧のために中国共産党を打倒しよう」といった意見も多い。

しかし中国大陸の歴史を振り返ってみると、どの王朝も武力でもって制圧し、武力でもって国を統治、そして侵略と弾圧を繰り返すことで自国を強化、そしてクーデターや内戦によってまた別の統治者が誕生するという歴史を繰り返してきたため「共産党政府が倒れたところで、また別の似たような政府が誕生して、人々を弾圧するだけだ」という冷静な分析もある。

  
posted by ダーマン at 22:00| Comment(0) | 天安門事件 | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

天安門事件――赤い大国の黒い過去

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天安門事件とは、中国北京市の天安門広場で起こった事件を指す。

この天安門広場、実は様々な政治的な運動や事件の現場となっており、一口に「天安門事件」と言ってもいろいろなものがあるのだが、とりあえず日本国内では1989年に発生した「六四天安門事件」のことと考えていただいて差し支えない。

これはデモ隊と人民解放軍との間で起こった武力的な衝突である。






当時の中国は民主化を求める動きが広がる一方、中国共産党がそれを封じようと躍起になっており、そうした状況が事件の背景としてある。

なおこの件に対し中国共産党側は事件の存在をそもそも認めておらず、中国国内ではいまだに情報規制が行われているらしい。

インターネット上では現在でも事件に関する情報は閲覧できなくなっているとも言われる。

中国共産党のこうした姿勢については、「どうやったところで民衆に銃を向けたのは事実で、政治的に好感を持つというのは無理」との書き込みが見られた。

自由な意見・発言が許されている日本という国の平和さが、何ともありがたく感じられる。

  
posted by ダーマン at 21:00| Comment(0) | 天安門事件 | 更新情報をチェックする
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